平成28年4月16日に発生した平成28年熊本地震と14日に発生した前震によって、南阿蘇鉄道では第一白川橋梁をはじめ駅舎や線路に甚大な被害が出ました。しばらくの間、高森駅〜中松駅間での運転を続けていましたが、地震から約7年の月日を経て、2023年7月15日に高森駅〜立野駅の全線で運行を再開しました。同時にJR豊肥本線の肥後大津駅まで直通運転を開始しています。私が車内メロディ「恩恵」を制作したのは、その約1年前のことです。当時から2023年夏頃の全線復旧が予定されていたこともあり、私は地震の被害状況、その報道や語り部さんによる講話に触れました。
調査を通じて感じたことは、私に「復興」「再生」を音に込めることはできない、というより、込めるには及ばないと考えました。なぜなら私が非当事者という立場だからです。復興・再生・祈り、これらの言葉を具体化すればするほど自分の無力さを実感しました。地震で被災された方々のお気持ち。どんなに想像力を働かせても、当事者一人一人のお気持ちは計り知れません。
以上のことから、地域的表現を選択してゆく中で作家性や演出性は避けています。地元住民の方や観光でいらっしゃった方々がサイン音をきっかけに、景色や記憶に想いを馳せる瞬間が訪れた時、そこで発生した認識に「明るい」「暗い」みたいな印象を音で植え付けたくない。そういう意味でも、聴く人それぞれが景色や記憶に思いを巡らせることのできる「余白」を意図的に残すことができたらいいなと考えました。
科学的根拠に基づかない方法ではありますが、ド・ミ・ソのような三和音から明暗の印象を左右しがちな第三音(ミ)を省いた構成音で旋律のモチーフを創作し、反復・変形させる構成としました。
この方法が唯一の正解だとは考えていません。しかし、非当事者である私がこの場所に向き合った結果辿り着いた一つの考え方でした。音楽によって意味を与えるのではなく、意味を受け止めるための余白を残すこと。私にとって「恩恵」は、そのような姿勢から生まれたサイン音です。
公共交通のサイン音やメロディを制作する上で、南阿蘇鉄道様での制作経験は私にとっての貴重な学びとなりました。公共交通のサイン音は、多くの人が共有する空間で日常的に耳にするものです。作家性を強く押し出すよりも、利用者一人ひとりがそれぞれの時間や風景を受け止められる余白を大切にしたいと考えています。
南阿蘇鉄道社員の方が考案したMT-4000形のデザイン