サイン音制作でよく求められる事柄に「親しみやすさ」があります。皆様も鉄道事業者様の駅メロ導入時のプレスリリースで「お客様に親しんでいただけるように」という文言を見たことがあるのではないでしょうか。三岐鉄道さんでご採用いただいた近鉄富田方面の車内メロディ《きらめきの海風》もまさに、親しみやすさを意識したサイン音です。今回はこの件についてご紹介します。
まず、「親しみのある音」と聞いて、皆様はどんな音を思い浮かべますか?
私の友達Aは青いペンギンでお馴染み「〇〇◯の店内BGM」、友達Bは「飼い猫の鳴き声」と答え、Cに至っては「春の祭典(作曲:ストラヴィンスキー)」で、ものの見事に全く異なる回答が飛び出しました。
理由を聞いていくと、「親しみ」とは結果論のようなもので、音そのものに最初から備わっている性質というよりも、その音と出会い、繰り返し聴いたり、何らかの経験と結びついたりする中で、後から形成されていくものなのではないかと感じました。街中に突如聳え立つ牛久大仏や、海面から鳥居が生える厳島神社も、一見非日常的な光景ですが、年月を重ね、徐々に人々へ親しみを感じさせるものとなっています。
その上で「親しみやすい音」とは、親しみとなるまでの形成過程をグッと短縮する音なのかなと思いました。これが《きらめきの海風》を制作してゆく上でのポイントとなりました。
サイン音制作で外せないのは「誰にとって?」という視点です。前記のような「親しみ」に差が出た以上、「親しみやすい音」の追求にも聞く側の多様な背景を考慮する必要があります。その中で私は、「年齢・老若」に関して重きを置くことにしました。
言わずもがな鉄道はご高齢の方から小さなお子様まで利用されます。新型車両の車内メロディが三岐線のシンボルとなり、若い方々に覚えていただくことで、地域の公共交通への関心や記憶に残る接点の一つになり得るのではないか。モータリゼーションで利用者減少が進む中、有意義な表現方法になると考えました。
幅広い世代に親しみやすい音楽作りという点で参考になったのは、地方自治体の公式ソング「自治体歌」の旋律でした。全国100以上の自治体歌について、制定の経緯や制作意図、自治体による解説などを調査したところ、「幅広い世代が歌いやすいこと」や「親しみやすい旋律であること」などを意識して制作された事例が多数見られました。
よって、それらの旋律の特徴を調査・分析したところ、以下の傾向が見られました(掲載内容は一部)。
・3音以上の隣り合う音による順次進行が多い
・跳躍進行では、和音を構成する音による跳躍が多い
・極端に広い音域を避け、無理なく歌える範囲に収める
こうした特徴は、作曲者が幅広い世代の歌いやすさや親しみやすさを考慮した結果として現れたものとも考えられます。これらの特徴を参考にしながら《きらめきの海風》の旋律を構成していきました。
つまり私が目指したのは、初めて聴いた瞬間から誰もが「親しみ」を感じる音ではありません。これから何度も聴かれることで、少しずつ「自分にとって馴染みのある音」になっていく。そのための入口として、できるだけ多くの人が親しみやすい旋律をつくること。これが、《きらめきの海風》における「親しみやすさ」の考え方でした。