甘木鉄道株式会社 様
甘木鉄道株式会社 様
甘木駅(福岡)〜基山駅(佐賀)
「地域性をイメージしたメロディ」「沿線の川を表現したメロディ」「平和への祈りを込めたメロディ」。駅メロディ・車内メロディ導入時のプレスリリースで、時折このようなコンセプトが明示されます。その説得力とは何かと考えると、それは導入者の「地域的表現」の見解に大きく依存しているように思われます。
甘木鉄道新型車両ARe500形の発車前車内メロディ《風光る物語》では、その地域的表現に重きを置いています。ある音楽を「地域を表現したもの」だと認める根拠はどこにあるのでしょうか。
たとえば、(サイン音としての適否はひとまず措くとして)和歌山県をテーマとした「地域的表現コンクール」を世界に向けて開催し、その結果ブラジル人の制作した作品が最優秀賞に選ばれたとします。その作品が審査を通じて支持を得たのであれば、それは和歌山県を表現する音楽として一定の説得力を持つでしょう。
また、地元を熟知した出身者が創作したという事実そのものに「地域的表現」としての価値を見出す方もいるでしょう。あるいは、世界的に活躍する音楽家がその土地を主題として制作した作品に、特別な価値を認める方もいるかもしれません。
このように、「地域的表現」の説得力を支える根拠は一様ではありません。そこには作者の実力、アイデンティティ、作家性、経験など、様々な要素が関わっています。すなわち「地域的表現」とは単一の尺度によって評価されるものではなく、多様な価値観の上に成立しているものと考えられます。
地元出身者でも有名人でもない。自分自身の出自や当事者性を、地域表現の根拠として前面に出すことができない。なので私は、概念レベルから地域を音楽表現で再構築し自律させることを目標としています。「地域を表現しました」と言葉で説明しても、音楽で地域を説明したことにはならないと考えました。
始発発車前や各駅発車後に放送される「風光る物語」では、甘木鉄道沿線の景観を車内空間にデザインすることを試みました。すなわち、自然風景を形作る一つ一つの要素を音で抽象化・記号化し共存させています。作曲にあたり参考にした景観は、甘木駅~高田駅間です。
本区間で交差する小石原川(こいしばるがわ)の穏やかな流れ、春になると土手一面に咲き誇る菜の花、線路沿いに植えられた木々など、多様な要素がそれぞれの個性を保ちながら共生しています。こうした風景に着想を得て、各弦楽器には異なる動きや表情を与えた上で、全てが調和するよう表現しました。
また、高田駅付近では左右の車窓に田園地帯が広がり、奥には山々が連なります。この果てしない空間の広がりを車内で演出できればと考え、伴奏部分に残響を多く含ませました。これら、多様な要素の共生、広大な空間に包まれる心地よさや喜びを旋律に表しました。
なお、曲全体の軽やかでな曲調は、AR300形・AR400形の自動放送において始発発車前に流れていた音楽を継承したものでもあります。沿線の景観だけでなく、長年親しまれてきた車内空間の記憶にも思いを巡らせながら制作しました。
その土地を眺め、そこにあるものの関係や、そこから受け取った感覚を、自分なりの方法で音楽として再構築する。そうして生まれた音楽が、今度は実際の車内で流れ、利用者それぞれの記憶や風景と結び付いていく。私は、地域性とは「地域のものを入れること」だけではなく、その土地と人との間にある関係を、音楽によって新たな形にすることにも宿るのではないかと考えています。